気候変動の未来を垣間見た2023年7月の熱波 – 経済・社会・健康への影響は

1530

気候変動の未来を垣間見た2023年7月の熱波 – 経済・社会・健康への影響は

2023年7月、世界各国でかつて経験したことのない熱波が発生しました。地域社会、生態系、経済への影響が年々悪化しているにもかかわらず、気候変動対策を求める科学者たちの声は、政治家の耳には届いていないかのようです。世界のリーダーたちによる、緊急かつ野心的な気候変動対策がなければ、今年7月の記録もまたすぐに破られることになるでしょう。

2023年8月15日 – ヴィクトル・タチェフ / Energy Tracker Asia

最終更新日:2023年8月22日

7月の熱波: 猛暑が新たなレベルに

欧州連合(EU)のコペルニクス気候変動サービスと世界気象機関(WMO)の科学者によると、2023年7月は過去12万年間で最も暑い月となりました。ドイツ・ライプチヒ大学のカーステン・ハウシュタイン博士は、産業革命以前の7月の平均気温よりも、1.5℃も暑かったと指摘しています。

出典: Carbon Brief

アントニオ・グテーレス国連事務総長は「地球温暖化」の時代は終わった、代わりに「地球沸騰」の時代が到来したと宣言しました

World Weather Attribution(WWA)の調査によると、7月、南ヨーロッパ、アメリカの一部、メキシコ、中国では45℃を超える厳しい熱波が発生しました。カリフォルニア州東部では53.3℃に達し、中国は52.2℃という史上最高の気温を記録しました。スペイン、イタリア、アルジェリア、チュニジア、フランス、日本、ベトナム、フィリピンなど、世界中で記録が更新されました。

6月も記録を更新したことを考えると、2023年の夏は人類史上最も暑い夏になると予想されます。

WWAの科学者は、気候変動によって熱波の期間や頻度も増加していると警告しています。中国では、7月のような熱波が、少なくとも50倍以上発生しやすくなっています。アメリカやメキシコでは、15年に一度の頻度で発生する可能性があります。南ヨーロッパと中国では、それぞれ10年に1度、5年に1度の頻度にまでなっています。さらに、気候変動によって熱波はヨーロッパで2.5℃、北米で2℃、中国で1℃も暑くなったと結論付けています。

Climate Centralによると、人口の81%にあたる65億人が7月に気候変動に起因する暑さを経験しました。

6月から8月の世界の平均気温、出典: CNN

熱波の原因

WWA調査の著者の一人であるフリーデリケ・オットー博士は、この結果は驚くべきものではないといいます。 

「世界は化石燃料の燃焼を止めておらず、気候は温暖化し続け、熱波はより極端になり続けています。単純なことです」

同様に、Climate Centralの分析では、石炭、石油、天然ガスを燃やし続ける限り、熱ストレスはより頻繁に、より激しくなると指摘しています。

しかし、気候変動の最大の原因である化石燃料業界は、1970年代からそのことを知っていたとされているにもかかわらず、警告を無視し続けています。

2022年、石油・ガス大手5社は、2,000億米ドル近い過去最高益を記録しました。その一方で、石油・ガス業界の設備投資の1%から8.6%しか、脱炭素化に向けた投資は行われていません。その代わりに、企業は新たな化石燃料プロジェクトへの投資、配当、自社株買いを優先してきたのです。

さらに、石油業界には、業界が環境に配慮していると見せかけるグリーンウォッシュをしてきたという歴史があります。今日に至るまで、石油大手はグリーンPRに数億ドルを費やす一方で、排出削減目標を後退させています。

DW Graphic, 出典: Influence Map

ブラウン大学環境社会学客員教授のロバート・J・ブリュレ博士は、こうした戦術の問題点を、このように指摘しています。

「これらの企業は、自分たちの知識を公開し、この問題(気候変動)に対処しようとするのではなく、科学的に誤った情報を流して世間を惑わし、気候変動を緩和するための行動を阻止するためのロビー活動を行い、莫大な資金をPRキャンペーンに投じ、気候変動を阻止するために行動する必要はないと世間や政府に信じ込ませてきました。こうしたキャンペーンは今日まで続いています」

熱波の経済への影響

未曾有の熱波は物的資産に損害を与え、農業生産に打撃を与えています。医療を圧迫し、企業のエネルギーコストを増大させ、労働生産性を妨げ、経済生産を減少させています。

多くの国で、7月の熱波は8月にも及んでいます。たとえばイランでは、2日間にわたって政府機関や銀行、学校を閉鎖し、休日にすることを決定しました。

1990年代以降、気候変動は世界経済に約16兆ドルの損失をもたらしているとされています。そしてこの損失の大部分は、発展途上国や海抜の低い地域が負っています

米国だけでも、気候変動のツケは年間2兆米ドルを超えると推定されます。世界全体では、世界のGDPの4%から18%を占めることになり、アジアが最大の損失を被ることになります。たとえば中国は、気候変動対策を講じなければ、経済生産の最大24%を失う可能性があります。

オックスフォード・エコノミクスは、2050年までに2.2℃の温暖化が起こった場合、世界のGDPを最大20%減少させる可能性があるとしており、デロイトは、気候変動によるコストは2070年までに178兆米ドルに達すると予測しています。

熱波によって失われる労働可能時間(地域別) 出典: IFRC

環境と社会への影響

WHOによると、強い熱ストレスは、重度の脱水症状、急性脳血管障害、熱中症、疾病の発生、死亡を引き起こす可能性があります。さらに、気温の上昇は、メンタルヘルス関連の罹患率や死亡率を著しく増加させます。

推計では、2022年にヨーロッパで発生した熱波は、6万1,000人以上の命を奪いました。2023年には、アメリカ、イタリア、日本、メキシコなどの国々で、気温の急上昇による入院死亡率の急上昇が報告されています。

WWAのフリーデリケ・オットー博士によれば、早急な対策を講じなければ、毎年何万人もの人々が暑さが原因で死亡し続けることになるといいます。

また、バングラデシュで見られたように、熱波によって移民が増えることもあります。

さらに、熱波の影響は他の生態系にも及びますコペルニクス気候変動サービスの調査によると、6月の世界の海洋表面温度は、その時期としては前例のないレベルに達しました。

南極大陸の海氷レベルは史上最低となり、昨年の記録を塗り替えました。科学者たちは、氷床が「記録的なペース」で溶けているグリーンランドでも同様の現象を観測しています。

さらに7月に発表された研究では、気候危機によって、海流の重要なシステムが早ければ2025年にも崩壊し、地球の気候システムに壊滅的な影響を及ぼす可能性があると警告していています。

6月の海洋表面温度の外れ値  出典: Copernicus

最悪の状況を避けるために

科学者たちは、パリ協定に署名したすべての国が、排出量を急速に削減するという現在の誓約を完全に実行しない限り、気温上昇は30年前後で2℃に達すると警告していています。その結果、現在の熱波のような現象が2年から5年ごとに起こるようになるでしょう。

しかし、フリーデリケ・オットー博士によれば、安全で住みやすい未来を守るために、まだ時間が残されています。そのためには、世界は化石燃料の燃焼を止め、最も脆弱で影響を受けやすい地域が、気候災害への備えを改善できるように支援する必要があります。

化石燃料を過去のものに

世界の政府や企業の意思決定者が、最優先すべきことは、化石燃料業界のロビーイングの圧力に屈せず、今年のCOP28の会議で、最終的に化石燃料の段階的廃止を決定することです。

世界の排出量の80%を占めるG20諸国が主導権を握る必要があります。

OECD諸国は2030年までに、それ以外の国々は遅くとも2040年までに、石炭から撤退する計画を提示することが求められます。

国際エネルギー機関(IEA)の勧告によれば、2050年までにネットゼロを達成するためには、新たな化石燃料インフラを建設するべきではありません。つまり、各国政府は新たな発電容量の計画を中止し、金融機関は石炭、石油、ガスプロジェクトに資金を提供しないようにすべきです。

再生可能エネルギーの拡大

前国連気候変動担当事務総長であるクリスティアナ・フィゲレス氏によれば、世界の電力の3分の1は太陽光と風力だけで生産できます。しかし、的を絞った国の政策がなければ、その転換は不可能です。転換が叶わなければ、「私たちはみんな干上がって、焦げる」と彼女はいいます。

太陽光、風力、その他のゼロエミッション燃料にのみ焦点を当てることが重要で、アンモニア混焼やグリーン水素以外の水素、低排出技術は、国家政策の焦点にすべきではありません。

再生可能エネルギーへの投資はすでに急増しているものの、そのペースを上げることが必要です。そのための最も効率的な手段は、民間のグリーン資本提供者をより歓迎する国の政策を実現することです。クリーンエネルギーのための資金ニーズは、規制改革や、さまざまなインセンティブ、革新的な投資メカニズムを設けることによって、十分に対処することができます。

適応と緩和への投資

多国間開発銀行、政府、市民社会、企業は、気候変動がもたらす影響に、最も脆弱な人々が守られるよう、一丸となって取り組む必要があります。

気候危機の最前線にいる国々は、十分な資金を受け取るべきですが、今のところ、口約束に終わっています

災害への備えと復旧の両方に投資が必要です。例えば国連は、2027年までに地球上のすべての人を早期警報システムでカバーすることを提案しています。地域ごとの熱ストレス適応計画の策定も重要です。その他に必要な対策としては、気候難民を適切に受け入れられるよう都市を変革すること、公衆衛生システムを改善すること、清潔な飲料水を十分に供給すること、都市部に緑地を増やすこと、洪水調整機能のある施設を設置することなどが挙げられる。

損失と損害に必要な資金源としては、カーボンプライシングの仕組みや石油・ガス会社に対する超過利潤税などが考えられます。

7月の熱波をニューノーマルにしないために

これまで、世界のリーダーたちは、気候危機の警告のサインを無視してきました。1.5℃の目標を維持するためには、温室効果ガスの排出量が2025年までに減少傾向に転じ、2030年までに43%削減しなければなりません。科学者によれば、化石燃料の燃焼をすぐに止めなければ、今目の当たりにしている夏は、将来的には”涼しい”とみなされるようになるといいます。

現在の政府の政策のままでは、今世紀末には平均気温は産業革命前より2.8℃上昇してしまいます。もしそうなれば、IPCCによれば、生態系が破壊し、連鎖的かつ相互作用的な災害が起きるでしょう。

解決策はシンプルです。問題は世界のリーダーたちが、それを選択できるかどうか、です。アフリカ気候サミット、G20サミット、国連気候野心サミット、COP28は、いずれも化石燃料の終焉を宣言する機会となり得ます。未来は世界のリーダーたちの手の中にあるのです。

関連記事

すべて表示
COP28 注目の6つの論点 気候変動に強い社会へ
COP28:再生可能エネルギー容量を3倍増へ – さらなる増加が必要な理由
世界的なエネルギー危機でフィリピンでのLNG計画に支障か
レポート『褐炭、グリーンウォッシュー 水素エネルギーサプライチェーンプロジェクトがもたらす真の排出のインパクト』

読まれている記事

すべて表示
						
アジアにおけるLNGの経済的意義は崩れつつある
レポート『褐炭、グリーンウォッシュー 水素エネルギーサプライチェーンプロジェクトがもたらす真の排出のインパクト』
世界的なエネルギー危機でフィリピンでのLNG計画に支障か
2022年のアジアのLNG需要の減少が産業成長の課題を浮き彫りにする